解散の大義と私たちがやるべきこと

2017年09月20日

 昨日から既に解散ムードです。自民党の役員連絡会でも幹事長が「安倍総理がアメリカから帰国後に(解散についての)何らかの発言をされる」と言われましたし、副幹事長会議でも解散後の幹事長室の動きについての質問などがありました。
 「解散の大義がない」と言われています。なぜ今ここで解散して国民に信を問うのかというテーマは確かにありません。しかし長い衆議院解散の歴史の中で「解散の大義」が持ち出されたのは小泉総理の郵政解散のときからだと思います。あの時も「郵政で解散か」と少し違和感を覚えましたが、大義を掲げて戦ったからこそ大勝しました。以来、解散の「大義」が声高に言われるようになった様な気がします。それまでは「バカヤロウ解散」(吉田内閣)「黒い霧解散」(佐藤内閣)「死んだふり解散」(中曽根内閣)にしても、後でマスコミが命名したように思います。「解散」は総理が解散した時が「解散」でしかない。
 しかし私たちは総理から国会議員の首を切られるわけです。私たちとして次に何をやるために「選挙」で当選させてもらいたいかを私たち1人1人の国会議員の問題として、有権者の皆さんに訴えなくてはなりません。
 私の場合はあくまで「熊本震災からの復興です」。これまで1年5ヶ月、懸命に復興のための予算付けや被災者の皆さんの意見を聴いて、身のまわりの小さな問題まで政府に訴え、それを実現させてきました。長い目で見た地域の復興計画、明日の生活をしていくための改善や手当てなど、全てに目配りをして来ました。それを引き続きやらせてもらいたい。それが出来るのは選挙区では私しかいない。そして一緒に苦楽を味わいながら、最後はお互いに笑い、誇りを持てるふるさとにつくり変えて行きたい、と訴えます。有権者の皆さんにその声と訴えが届くように全力を尽くします。
 「震災からの復興に全力!」私の明確な今回の選挙のテーマです。